傷ついたチャイルドの中核にあるのは、中毒性の恥 - アダルトチルドレンを知る① –

傷ついたチャイルドの中核にあるのは、中毒性の恥 - アダルトチルドレンを知る① -
◉この記事の内容

☆ 幼少期に植え付けられるもっともダメージの大きい傷とは?
☆ 罪悪感と恥辱(恥)の違いとは?
☆ 誰が一番の犯人なのか?

こんな疑問に答える記事です。

アダルトチルドレンについて知りたい人向けの記事です。幼少期に植え付けられるもっともダメージの大きい傷は、あなたの存在自体の否定です。人生を生きていると、辛い経験をしたことがないという人はいないと思います。辛い経験を経て、前を向いて歩き始められる人と、なかなか前を向くことが難しい人がいます。その違いは、受けたダメージの質の違いです。結果的に、誰が一番あなたを傷つけているのでしょうか。

アダルトチルドレンの中毒性の恥

「私の名前は中毒性の恥」

私はおまえが母親のおなかに宿るときそこにいた
おまえの母親に恥のホルモンの中に
おまえは私を母親の子宮の流動体の中で感じた
私はおまえが話せるようになる以前にやってきた
おまえが理解する前に
おまえが知る方法を得る前に
私はおまえが歩き方を学んでいた時にやってきた
おまえが守られず、人前にさらされていた時に
おまえが傷つきやすく困っている時に
おまえがなんらかの境界線を持つ前に
私の名前は中毒性の恥

私はおまえが魔法を信じている時にやってきた
私がそこにいるということをおまえが知ることができるようになる前に
私はおまえの魂を切断した
私はおまえの中心を貫いた
私はおまえに欠点があり、不完全な存在であるという感覚をもたらした
私はおまえに不信感、醜さ、愚かさ、疑い深さ、自己嫌悪感、劣等感、不全感をもたらした
私はおまえに異常な感じ方をさせた
私はおまえのどこかがおかしいと言った
私はおまえの神々しさを汚した
私の名前は中毒性の恥

私は良心が生まれる前に存在していた
罪悪感が生まれる前に
道徳が生まれる前に
私は感情を支配する
私は非難をささやく内なる声
私は精神的準備なしにおまえの中を流れる内なる戦慄
私の名前は中毒性の恥

著書インナーチャイルドより一部抜粋/ジョン・ブラッドショー

罪悪感と恥辱(恥)の違い

以下表をご覧ください。

罪悪感 恥辱(恥)

私は何か悪いことをしてしまった

私には悪いところがある

間違いを犯した

私が間違いである

私がやったことは良くなかった

私が良くない

罪悪感と恥辱(恥)
この違いを知ることはとても重要なことです。

罪悪感の場合、物事に対してですので心の逃げ道があるのですが、
恥辱(恥)の場合、その人そのものに対してですので、
逃げ道がありません。

例えば、

亡くなった人への罪悪感が残る場合、

「もっとやれることはあったのではないか…」
「あんなこと言わなければよかった…」
「(亡くなったときどこかでホッとしてしまう自分がいた…)」

などと思うことがあります。

それらは、やり方や思い方を後悔しているだけです。

しかし、

「この不幸が続くのは、お前が原因じゃないのか!」

ともし言われたとしたら、

その人のやり方や思い方ということではなく、
その人そのものの否定であり逃げ道がありません。
そして、自分の存在そのものの否定ですの心のダメージも大きいのです。

アダルトチルドレンの人たちの心の傷が癒えにくいのは、
罪悪感ではなく恥辱(恥)だからです。

「存在していてはいけない」

というベースがあるため、
そのテーマを避けて、
幸せになるためのテクニックやポジティブに過ごしても多分うまくいかないと思います。

もし、うまくいかないなぁと思っている人は、
一旦、自分の奥底の気持ちといいますか、
思い込みみたいなものをテーマに取り組んでみたほうがいいと思います。

そして、
あなたをそこまで傷つけたきっかけは、
まわりの人たちだったかもしれません。

しかし、最終的に最も自分を追い込んだ一番の犯人は、
あなた自身だということです。

私自身、この事実はとってもショッキングでしたが、
ある意味、希望でもあることに気がついたのです。

だって、自分が追い込んだなら、
自分がやめればいいだけです。
それに結局ね、
自分の人生が良くなるかどうかは、
他人を巻き込まなくても自分次第でどうにでもなるということだと思いませんか?

そのために、これからの歩みの足先を少し方向転換してみるのもありだと思いませんか。

 

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