こんにちは。川手絵里です。

草木がしげっていて石がゴロゴロしている道を

助手席でゆられながら汗が首もとを流れ

ときおり涼しい風が吹く

血がつながっている父と再会したのは

私が26歳の時で1歳になる前に

両親が離婚をして母親に引き取られたので

お互い懐かしさは1ミリもなく

何もかもがあたらしかった

あれは中学3年生の頃

1個上の姉が言う「私たちにお兄ちゃんがいる」

家族のヒミツを守りながら生きていた私は

その存在を知ってしまったという事すら

母親にはヒミツにしていた

この生活を守らなければと

お兄ちゃんに会いたいという気持ちが強まるその前に

すでに姉が私とお兄ちゃんを会わせてくれた

車に乗っていたその人は「おう、えり」と声をかけてくれた

それから何度か姉とお兄ちゃんと私とで遊ぶようになり

まるで私の家族のヒミツは大したことじゃないように

日常に溶けこみつつ別々に過ごす家族がいるということに違和感があった

金色の髪の毛のお兄ちゃんは180センチくらいで

携帯電話の音がなると友達とすぐ合流できて

お兄ちゃんの部屋にはCDがたくさんおいてあって好きな音楽をきいて

好きなように物を手に入れているようで笑っていて自由で楽しそうにみえた

※この数年後に私も金色になりました

そんな別の家で過ごす家族がいる事を知った3年後に

「妊娠したかもしれない」と何となく最後の登校日にたまたま隣にいた子に告げ

高校3年生の冬に退学をした

17才の私は名古屋で新しい家族を作りバイトをしつつ子育てをする決断をする

私の意志がそこにはあったが

色んな大人の人に迷惑をかけた

中学の時の友人も心配してくれた

それでも私の生き残りをかけた決断だったので

地元に戻る理由が見つからず過ごしていた

それなのに地元を離れてから26歳になった私は

お兄ちゃんの部屋があるところが父の家だと覚えていたので

娘を抱き会いに行った

日が当たる縁側に女性が2人いた

私のおばぁちゃんと叔母さんだと知るまでには時間はかからず

膝をかかえしゃがみ私は「こんにちは、えりです」と声をかけると驚いていた

おばぁちゃんは私に懐かしみ離れ離れになるまで

一緒に暮らしていて1番可愛かったと話してくれた

25年間離れていたのに

私の存在を知ってくれていた人がいた事に

感動した

そうして私というツールを探す旅は今でも続けている

今の時点で私が家族を続ける理由…

私が会いたいから

私が知りたいから

私が伝えていきたいから

だって

あったかいんだもん

あなたの人生に拍手喝采なんだよ

君にとどけ