歳を重ねるとね、ひとりの方がまだ寂しくなかったりするのよ

不幸せだから寂しいのではなく、寂しいから不幸せな訳ではない


ドラマ「最後から二番目の恋」より

40代半ばで離婚しおひとりさまになりました。

新生活が始まる前は不安の方が勝っていましたので、友人を呼ぼうかな…とか何を食べようかなとか…寂しさを紛らわすことを思い巡らせておりました。

ですが、おひとりさまの生活が始まってしまうと、以前の私の思考とは変わってしまったようで1ヶ月ほど経ったある日、

「あれ?全然寂しいと思ってないじゃーん」

となりました。

寂しさよりも優先された感情

私の見ている世の中ってまだ優しい世界で、おひとりさまになってしばらくすると、まわりのひとから気にかけてくれる言葉をかけていただくのですが、そこで

【あれ?だぞ】

と気づくわけです。
当時のことを分析してみると

  1. 自分のことだけを考えていればいい
    生活のすべてにおいて、自分がしたいと思ったタイミングで行えること
  2. 身体を使う新たな仕事を始めたことで余計なことを頭で考えることが少なくなった
    頭より身体を使うことで、思考が止まった。思考が止まると悩みが少なくなった

幸せと寂しさはイコール(=)ではないと思う

おひとりさまになって、まったく寂しくなかったのか?と問われれば、それは“NO”だけれど、でも誰かと暮らしていて、一番身近な相手が目の前にいて手を伸ばせばそこにいるけれど、分かり合えないときの寂しさに比べれば、私の場合はひとりの寂しさの方が私の心には優しかったんだよね。

だってね、
目の前にいるから、
分かってほしいと願っちゃうじゃん!

そしたら、
わかってもらえるまで
あの手この手で頑張っちゃうじゃん!

そんで、
頑張りすぎてどんどん空回りしちゃうじゃん!

うまくいかなければいかないほど、落胆と期待というジェットコースターを繰り返しちゃってさ、ここで書いているだけでも疲れてくるけど(笑)

「誰かといるか、おひとりさまでいるか、どちらが幸せかって?」

どちらもそれなりに幸せと感じられる要素はたくさんあると思うんだけれど、心が疲弊してくると幸せ感度が鈍くなっちゃうんだと思う。頭であれこれ考えすぎる状態に陥ると、幸せ感度が落ちてしまうんじゃないかな。

私の場合は、おひとりさまになって期待する対象がいなくなったことで、落胆したり虚しさを感じることがなくなって。だからひとりになったら、びっくりするほど頭がすっきりして、快適さを実感してしまったのではないかと思う。

でも、
“快適さ”イコール(=)幸せかというと、
そういうことでもないと思う。

どの状況で幸せを感じるかは人それぞれだし、

現在は再婚していて、また誰かと暮らすという生活をしていると、おひとりさまの“快適さ”さは確実に少なくなっている。むしろ面倒くさいと思うことも沢山あるが、近くにいる人との関わりは大きな喜びをもたらしてくれる。今のところだけれど、目の前にいるパートナーと分かり合えているという実感があるからだと思う。

私の場合は、再び誰かとの“関わり”を選択した。「どちらが幸せか?」という問いに対して、やっぱりどちらが正解かという問題ではないと思う。

以前の私の思考とはあきらかに今は違う。以前の結婚生活で寂しさを感じた原因は、当時は【相手にある】とどこかで確実に思っていた。でも今は違う。私たちどちらにも原因があった。相手の見ている世界と私が見ている世界がズレてしまいそれを修正できるまでに至らなかっただけだと今は思う。

どんな状況にいても人生から寂しさを排除することはできない。ストレスはときに寂しさという感情で教えてくれることがある。だから、寂しいと感じているその瞬間の自分を「ありがとう」と迎え入れてあげればいい。自分では気がつきにくいストレスを教えてくれている感情なのかもしれないのだから。時に、涙を流してヒロイン気取ればいい。自分の世界なのだから。

自分以外の人にも人生観がある

あなたが幸せに思っていても、周りの人に不幸だと烙印を押されることがある。これは不思議な現象だと思うのだが、私も烙印を押されたことがあったし、烙印を押したこともある。

誰かからあなたが聞きたくないような言葉を投げかけられた時、その言葉を止めようとすることに時間やエネルギーを割いてほしくない。逆に、自分の言葉を止めようとすることにも時間やエネルギーを割いてほしくない。

誰かの言葉で違和感を感じたら、それは自分の考え方を確認できるチャンスだし、悪意なく誰かに違和感を感じさせてしまったとしても、自分とは違う人なのだから、違和感を感じさせてしまうことの方が当たり前だと思ってコミュニケーションをすればいい。

もしも考え方に違いがあったとき、「それは違う」と言える勇気は必要かもしれない。そしてその違いを受け入れることは自分も相手も傷つけることのないただのディスカッションなのだという考え方も必要かもしれない。

ただ、悪意のあるコミュニケーションをしてくる人がいたら、すぐさま離れなさい。そういう恋人やパートナーなら、別れるとか離婚の道を探しなさい。そして心のことを学びなさい。なぜそういう状況になるかを知った方がいい。

そうじゃなくて、ただ自分の意見を言っているだけなのであれば、相手の意見で自分が傷つく必要はないという感覚に慣れた方が人生は得する。

皆、それぞれの人生の道を歩んできていて、彼らの視点で物事は判断される。それはあなたも私も同じ。どのみち、あなた以外の人にあなたの幸せは理解できないのだから、あなたが幸せだと感じられる人生を選択し続けていけばいい。と思うし、私はそうすることにしている。