川手絵里です。

明るい月明かりにワクワクする理由の1つに私にとって特別な経験があります

自分から望んで経験したのでないけれど【時間】と【状況】がそうさせたのだと思います。

皆さんは月明かりを見たり聴いたり感じたりすると、どんな事を考えますか?または、どんな事を思いうかびますか?

私は小学3年生か4年生の頃には両親は離婚していて日常生活には”父親”という存在はいませんでした。母は朝から深夜にかけて仕事をしていたので、家に誰かがいるという事は珍しいことでした。

なので、例えば虫歯で歯が痛かったり怪我をした時は身近な大人に頼ってました。例えば担任の先生だったり隣近所のおじぃちゃんやおばあちゃんがとても親切にしてくれました。その時の温もりのある手を今でも覚えています。

学校では給食当番の人は必ず”給食衣”を着てクラスの皆んなに配膳をするのですが、汚れてしまった給食衣を洗う親が家にいなかったので、汚れたまま次の当番の人に渡していました。なんだか恥ずかしかったです。

学校がない日とかお腹が空いた時は小麦粉をガーゼに包んで水の中で溶かすと粘着質のトロトロした物が残ったので、それを焼いて食べたりしてました。とても美味しかったのを覚えています。

けれども私の小学生の頃は土曜日も学校があり給食が出ない土曜日もあったのでとても空腹でした。

そういった日は土手に咲いている「なずな(ぺんぺん草)」という草を取ってから台所で洗いゆでてから醤油をかけてよく食べてました。

それが私の日常の大事な一部で、そのうち洗濯物や掃除をしていたことを記憶してます。

とにかく私の日常に母親がほとんど居なかったので学校に行かなかった日も夕方遅く遊びから帰っても怒鳴なる大人がいなかったので、そのうち私の好奇心は月明かりが綺麗な夜中に外で遊ぶこともありました。それでも母親に知られる事がなかったのです。

姉と弟もいたけど何故か私は1人になる事が多かったので、寂しさを感じながら小さい頃は-生き残り-をかけた毎日を過ごしていたのです。

いま振り返ると…

・歯がいたいことも

・給食衣を自分で洗濯することも

・お腹がすいたことも

・夜遊びにいくことも

・家事をしていたことも

全て母親に私という存在に感心を示して欲しかったのだと思います。

感心を示してくれてないんだと子供のうちに

分かるようになり

【この世から私の身体がなくなること】

を試してみましたがうまくいきませんでした。

そんな幼少期もあり私は10代後半から

身体と心のバランスを徐々におかしくなっていくと周りの人達にSOSを出すようになりました。

大げさくらいに助けを求め周りの人達もとても困ったと思います。

それでもSOSを出し続けました。

私が欲しい答えじゃなくても出し続けました。

そんな私には初孫が誕生し家族の笑い声に囲まれております。

案外 君が思っている以上に いいもんだよ

もし未来を描けないと涙する日があっても いいもんだよ

本当にいいもんだよ

ちょっとだけ 自分を信じてみてほしい

君に届け。