同じ恋愛パターンを繰り返すのはなぜ?魂のパートナーと出会うための最終準備
夕暮れのカフェ、また一人
窓の外が、茜色と深い藍に混じり合っていく。このカフェの、この窓際の席で、この景色を見るのは、もう何度目になるだろう。
テーブルの上には、ほとんど減っていないコーヒー。冷めてしまったそれと同じくらいに、私の心も冷え切っていた。さっきまで向かいに座っていた人の声や表情が、まるで遠い昔の映画のワンシーンのように、ゆっくりと色褪せていく。
「ごめん、もう無理だと思う」
告げられた言葉はいつもと同じ。その理由も、驚くほどにいつもと同じだった。尽くしすぎて重たくなってしまうのか、あるいは、どこか信じきれずに試すようなことをしてしまうのか。入り口は違っても、たどり着く結末はいつも同じ、この場所だった。
窓に映る自分の顔が、なんだか他人みたいに見える。 「また、ダメだったね」 もう一人の私が、諦めたように、でも、どこか責めるように囁く。ああ、本当に。なぜ、いつも同じ物語を繰り返してしまうのだろう。
古い地図を握りしめて
幸せになりたい。ただ、それだけだった。 本棚には、愛されるための方法や、自己肯定感を高めるための本が並んでいる。スマートフォンのブックマークには、占いや自分磨きの記事がいくつも保存されている。
次の恋こそは、と誓って、新しい服を着て、髪の色を変えて、笑顔の練習だってした。けれど、船出はいつも希望に満ちているのに、気づけば嵐に見舞われ、同じ無人島に漂着している。
私の手には、いつからか握りしめていた古い地図があるようだった。そこには「幸せな関係」という目的地が確かに記されているはずなのに、なぜかコンパスはくるくると回り続け、同じ場所をぐるぐると彷徨うばかり。
心の片隅では、ずっと信じている。この世界のどこかに、ただいるだけで、呼吸をするのと同じくらい自然に愛し合える「魂のパートナー」と呼べる人がいるはずだと。
しかし、その願いが強ければ強いほど、現実はその裏返しのように、私の心をすり減らしていく。もう、新しい航海に出る気力さえ、失ってしまいそうだった。
嵐の中の、小さな灯台
途方に暮れ、地図を握りしめたまま座り込んでいると、どこからか、小さな灯台の噂が聞こえてきた。
そこは、正しい航路を教えたり、嵐の避け方を指導したりする場所ではないらしい。ただ、どんな嵐の夜も、変わらない優しい光を放ちながら、そこに静かに佇んでいるだけなのだという。
導かれるようにたどり着いたその場所は、本当に静かだった。そこにいた灯台守は、多くを語らない。ただ、「大変な航海でしたね」と温かいお茶を差し出し、私の隣に座ってくれるだけ。
ジャッジのない、穏やかな光に包まれて、私は初めて、自分の本当の航海日誌を、声に出して読み上げることができた。何度も破り捨てようとした、失敗と後悔ばかりが綴られたページ。涙で文字が滲んでも、言葉に詰まっても、灯台守はただ静かに、私の物語に耳を傾けてくれた。
それはまるで、心の深い海の底に、ゆっくりと潜っていくような、不思議で、そして、とても優しい時間だった。それはきっと、ある人にとっては「ヒプノセラピー」と呼ばれる体験に近いのかもしれない。
私だけの羅針盤
灯台守との静かな対話の中で、私は、ある衝撃的な真実に気づく。
私がずっと握りしめていた、あの古くて破れた地図。それは、誰かに押し付けられた呪いの地図などではなかった。まだ小さく、世の中の荒波に怯えていた頃の私が、自分を守るために、必死の思いで描き上げた、たった一枚の宝の地図だったのだ。
「ここへ行ってはダメ」
「こうしないと愛されない」
地図に描かれた無数のルールは、かつての私を危険から守ってくれる、大切なお守りだった。
繰り返される嵐の原因は、外の世界にあるのではなかった。この地図が、もう今の私には合わなくなっていただけ。大人になった私には、もう必要のないルールだったのだ。
そのことに気づいた瞬間、胸の奥深く、ずっと眠っていた何かが、かすかに振動を始めた。それは、私だけの羅針盤。どんな嵐の中でも、どんな深い霧の中でも、静かに北を指し示してくれる、私自身の、内なる光。
誰かに教えられたのではない。私の中から、静かに、でも確かに、湧き上がってきた感覚だった。
新しい物語の、最初のページ
灯台を後にして、いつもの道を歩く。 まだ、隣に誰かがいるわけではない。劇的に何かが変わったわけでもない。
けれど、世界は、まったく違って見えた。
あんなに灰色に見えていたアスファルトが、夕陽を反射してキラキラと輝いている。頬を撫でる風が、次の季節の香りを運んでくる。カフェのコーヒーは、深く、豊かな味がした。
古い地図は、もう手の中にない。感謝と共に、心の海へと手放したからだ。
これからの航海は、どうなるか分からない。また道に迷う日もあるかもしれない。けれど、もう怖くはなかった。私には、私だけの羅針盤があるから。
「最終準備」とは、完璧な船や、素晴らしい航海術を身につけることではなかったのだ。
傷だらけで、不格好かもしれないけれど、これが私の船なのだと受け入れること。そして、この船の船長は、他の誰でもない、私なのだと心から信じること。
ただ、それだけだった。
目の前には、まだ何も書かれていない、真っ白な航海日誌がどこまでも広がっている。 新しい物語は、いつだって、この最初のページから始まる。
あなたへ贈る招待状
もし、この物語を読んで、あなたの心に何かが触れたのなら。 もし、あなたも長い間、一枚の古い地図を、掌に汗が滲むほど強く、握りしめているのなら。
その地図が、かつてのあなたを必死に守ってくれた、かけがえのない宝物であったことを、私は知っています。 あなたが歩んできた、孤独で、懸命な旅路を、私は知っています。
答えは、もう外にはありません。 新しい地図を探す必要もありません。
すべての答えは、あなた自身の、尊い物語の中に眠っているのですから。