愛情と居場所

機能不全家族では、わたし】は無視されているので、存在意義は失われています。
一方、機能している家庭では、家族から【愛情】【ここに居てもいい】という感覚を学びます。

家族の誰もが、何かを達成したからでなく、ありのままの自分が受け入れられ、ありのままの自分に価値があると感じる必要があります。

機能不全家族とは違い、機能している家族は、何かまちがったことをしても家族からのけものにされたと感じることはありません。子どもは、親を手本にして愛することを学びます。

そして、

どんな自分でも、ここに居てもいいという感覚を体験する必要があります。

もし親が手本になれなくても、他の大人がそれを与えることで子どもが愛を学んだり、居場所がここにあると感じることは可能です。

居心地のいい場所と人間関係

居心地の良い居場所というのは、単なる物理的な居場所のことではありません。自分が安心してそこにいていいと思える場所、そこにいることを認められる場所です。居心地の良い居場所を創るには、「愛する能力」が必要となってきます。

愛される能力ではなく、愛する能力です。

自分で自分を愛せなければ、誰かに愛されても愛を受け取ることができません。

居場所探しは自分探し

大抵の場合、恋愛の相手に求めるのは、自分の欠けている部分を持っている人です。あるいは、嫌だなと思っている自分のそういう部分を無意識に隠してしまっている場合、その部分が外側にわかりやすく現れている人を選びがちです。

「私」という自己は、物心ついてからずっと「私」です。自分の背中のほくろが見えないように、自分の全体像というのは自分だけではつかめません。

自分探しも居場所探しも本来、自分の個性化(心の光と影を全体として包含する)を目指していく旅です。自分を受容し、さらに他人をも受容することであなたの自分探しや居場所探しは成功するのです。

ここで書いてある「受容する」とは、自分をまげて他人の意見を「受容」するという意味ではなくて、自分と他人の違いを「受容」するという意味です。その境地こそが、ユングの言う「個性化のプロセス」なのではないかと思います。

そのことに気づき、拒否しなければいけない

機能不全家族は、親が子どもに関心を持たないことが多い。ただ単に、親が自分のことに夢中になっていて子どもに関心を示さないこともあれば、一見、子どもに関心があるように見えていても、親が過去に実現できなかったことを叶えるために、子どもを道具のようにみてしまうこともあるのです。

そうすると、子どもは道具として優秀になろうとがんばるし、それができずにあきらめてしまった子どもは、どのような手段を使っても、道具として優秀であろうともがいてしまいます。

根底に、「ありのままの自分」でよいという感覚がないがゆえに、道具としてでも認められたいと思ってしまうのです。

まずは自分自身が、道具としての自分を誇り高く拒否しなければなりません。拒否することは、とても勇気のいることかもしれません。しかし、勇気をもって拒否した先に、機能不全家族で育ったことで得られた自分の能力に気が付くのです。

心のバケツが満たされるまで

セラピーの現場でよくあったことなのですが、大人になっても、過去の愛してくれなかったと感じている親に、もっと愛してほしかったと切望しはじめると、例外なく、自分の望むように愛してくれなかった親に憎しみを持ち始めます。

機能不全家族の中で身についてしまったことが、今の自分の人生が苦しくなっている原因かもしれない…
ということに気付いたら、抑圧してきた感情があふれ出てくること自体は、変化のプロセスとして必要なことです。
気付いていなかった憎しみに意識的に気付いてしまうからです。

残念ながら、過去は変えられないので、今、年老いた親に責め寄っても、かえって憎しみは増すばかりで人生は楽になりません。

もしも、愛されなかった心のバケツに、大人になった今からでも愛で満たしたいと願うなら、自分が自分をどのように扱えばいいか学べばいいのです。でも、これには学科と実技があるようなものだと思ってください。実技はいつからでもあなたが行動しようと思えば始められます。

それは、
あなたが親にしてもらいかったように、

誰かに関心を寄せて、
大切にし、
愛してあげてください。

今の時代、誰かに何かをしてあげるという行為は、偽善者だと言われるかもしれません。でも、あなたの心のバケツが愛で満たされるまででもいい。まわりの否定的な言葉に今は耳を貸さずに、自分の人生のために動いてみてください。

そうやってあなたに嫌なことをわざわざ言う人もまた、バケツに愛が足りない人かもしれないのですから。